2009年06月15日

くさやとは、魚類の干物の一つで

くさやとは、魚類の干物の一つで、伊豆諸島の特産品として知られる。新鮮な魚を「くさや液」と呼ばれる魚醤に似た独特の風味をもつ液に浸潤させた後、天日干しにする。発酵食品の一種とされる場合もあるが、発酵しているのは魚ではなく、くさや液である。

くさやは、新鮮なムロアジ、トビウオ、シイラなどの魚を使用した干物であり、伊豆諸島での生産が非常に盛んである。独特の強烈な臭気があるので人によって好き嫌いが大きく分かれる。

味は塩辛いながらもまろやかさがあり、味わいから感じるほど塩分は高くはない(くさや液の塩分濃度は濃くても10%程度)。近年は体によい食品として関東地方を中心として出荷されている。その個性のある強い味わいから「島焼酎」と呼ばれる伊豆諸島産の焼酎やコシの強い(乳酸の多い)日本酒によく合うとされる。

開いた新鮮な魚を、「くさや液」(くさや汁とも)と呼ばれる浸け汁に8?20時間ほど浸け込み、くさや液をよくなじませてから真水で洗浄し、天日に1-2日ほど干す。また一般の干物製造と同じく、天日ではなく乾燥機などによる強制乾燥も行われる。出荷に際しては、独特の臭気があるため大抵の場合臭いが漏れないよう真空パック・瓶詰めなどにして出荷される。
フェスティバル
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歴史 [編集]
くさやは長い歴史をもつ食品であり、江戸時代には献上品とされていた記録が残っている。正確な発祥地は不明だが、伊豆諸島では新島を元祖とする説が有力であり、八丈島のくさや製造業者団体である八丈島水産加工業協同組合は「八丈島のくさや製造は新島からくさや液を分けてもらって始められた」としている。現在は伊豆諸島各島で製造されており、特に新島と八丈島で盛んである。

くさやという言葉は江戸時代の江戸の魚河岸の間で「くさいからクサヤ」という名前がついたという説があるものの、いつの頃から呼ばれるようになったかは不詳である。

起源 [編集]
当初は単純な塩水に浸けた魚を干したものであったらしい。塩水を使いまわしながら干物を作っていたところ、それに魚の成分などが蓄積し、さらに微生物などが作用することで現在のくさや液のもととなるものができたとされる。

背景 [編集]
伊豆諸島では急峻な斜面が多く、稲作や畑にする土地が少なかった。その代わり、伊豆諸島には塩という特産物があったので、江戸幕府は米の代用として塩を年貢として献上することを命じた(塩年貢)。米の年貢が村人全体総出で納めないとならないのと同じように、伊豆諸島の塩も島中の島民総出で作らないとならないほどの量を納めていた。当然ながら塩はとても貴重なもので、勝手に塩を盗んだり独占しようとしたら、その一家は取り潰しにされるという厳しい掟があった。

くさやの原型 [編集]
伊豆諸島では製塩のほかには魚などを獲っていた。釣った魚を江戸まで運ぶには塩漬けにして干物にするのがよいが、貴重な塩を大量に使うわけにはいかない。そこで島民たちは試行錯誤の上、塩水に浸しておいて干す方法を思いついた。浸すたびに塩水を取り替えたいが、塩は貴重なので、やむなく塩水を使いまわした。できた干物は一見傷んでいるように見えたが、食べたところおいしかったので、これが広まったという説がある。

2009年05月30日

宝樹院

宝樹院(ほうじゅいん、元和7年(1621年) - 承応元年12月2日(1653年1月1日))は江戸幕府3代将軍徳川家光の側室、4代将軍徳川家綱の生母。本名は蘭。別名、楽・高島御前。

下野国都賀郡高島村(現栃木県下都賀郡大平町)の農民(後に下級武士)青木三太郎利長の娘(朝倉惣兵衛の子とも)[1]。父・利長(惣兵衛)は江戸に出て旗本の朝倉家に仕官するが、主君の金を使い込み江戸を追われ鹿麻村で蟄居となった。その後、利長(惣兵衛)は禁猟とされていた鶴を撃ち死罪となる。
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利長(惣兵衛)の死後、母(増山氏)は江戸へ出て古河藩主永井尚政の屋敷に仕えて女中頭となり、元永井家家臣で古着商の七沢清宗と再婚。楽も母に従い同居していたが、13歳の時に店の手伝いをしていたところ浅草参りから帰ってきた春日局の目にとまり、大奥に上がる。また、祖心尼の計らいで奥入りしたという説もある。一説によると楽が呉服の間だった頃、他の奥女中たちに故郷の麦搗き歌を歌っていた。これを家光が耳にして気に入りお楽は家光の側室となったという。

寛永18年(1641年)に家綱を産む。将軍後継者を産んだため、弟・増山正利は三河国西尾藩主(この系統はその後常陸国下館藩主→伊勢国長島藩主となり幕末まで存続)、那須資弥は下野国烏山藩主(次の代で改易、以後交代寄合として存続)、妹は今川氏真の孫品川高如の妻となる。慶安4年(1651年)に家光に先立たれた翌年、32歳で死去。法名は宝樹院殿華城天栄大姉。墓所は寛永寺勧善院。

2009年04月26日

塩(しお)

塩(しお)は、塩化ナトリウムを主な成分とし、海水の乾燥・岩塩の採掘によって生産される物質。塩味をつける調味料として、また保存(塩漬け・塩蔵)などの目的で食品に使用されるほか、ソーダ工業用・融氷雪用などにも使用される。
塩は大きく分けて以下の4つの原材料からつくられる。

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岩塩
岩塩を採掘する。主にヨーロッパ・北アメリカにて。岩塩はその昔、海であった土地が地殻変動により地中に埋まり海水の塩分が結晶化し地層となったものである。つまり、塩はもとをただせばすべて海水由来である。岩塩の製法は溶解採掘法と、乾式採掘法に分かれる。溶解採掘法は一度水に溶かし、煮詰めて塩を取り出す。不純物が少なく欧米では食用として一般的に用いられる製法である。一方、乾式採掘は直接掘り出す方法で、不純物が混じりやすく、また硬いので食用には適さない。
海塩(天日塩など)
塩田において天日製塩法でつくる。西ヨーロッパ、メキシコやオーストラリアなど。海塩は主に天日製塩法でつくられる。この製塩法は、海水を塩田に引き込み、1?2年程度の期間で塩田内の細分化された濃縮池を巡回しながら太陽と風で海水を濃縮していき採塩池で結晶化した塩を収穫する方法である(メキシコやオーストラリア・ヨーロッパの沿岸地域に多い)。なお、アメリカの一部の州や韓国では好塩菌混入などの問題から天日塩の直接の食用使用を制限ないし禁止している。
海水
海水を一旦濃縮した後に煮詰める。イオン交換膜製塩法・揚浜式製塩法・瞬間結晶など。
湖塩
塩湖などから採取する。
世界の塩資源の6割が岩塩、4割弱が天日製塩法による天日塩である。

日本
日本では岩塩としての資源がない上に年間降水量も世界平均の2倍であることから、もっぱら海水を煮詰めてつくられる。そのため自給率が15%と低い。海水から製塩するには、直接海水を煮詰めて食塩を得るより、一度、塩分濃度の高い塩水を作ってから煮詰めたほうが効率が良い。この濃い塩水を「鹹水(かんすい)」と言い、この作業を「採鹹(さいかん)」、また煮詰める作業を「煎熬(せんごう)」という。

古代の日本の製塩法は、文献や民俗資料から推測されている。古墳時代までは、『万葉集』に「藻塩焼く」「玉藻刈る」などと枕詞にあるように、海岸に打ち上げられたホンダワラなどの海草が天日で乾燥されて表面に析出した塩の結晶を、甕(かめ)に蓄えた海水で洗い出し、塩分を海水のほうに移す作業を何回も繰り返すことにより鹹水を得るというのが一説だが、また、打ち上げられた海草を集めて焼き、その灰を海水に溶いて塩分や海草のヨードなどの養分を溶かしだし、灰を布で濾しだして鹹水を得るという説もある。海水を煮詰める工程において専用に用いられた土器は、製塩土器と呼ばれている。沿岸各地の遺跡、遺物埋抱地で見つかっている。

その後、万葉時代頃から、揚浜式塩田などの塩田法による製塩に移行していった。揚浜式製塩法は入浜式製塩法、1950年代には枝条架(しじょうか)式とも呼ばれる流下式製塩法、1970年代にはイオン交換膜製塩法へと変化していった。このような海水からの製塩法では、副産物として豆腐の原料となるにがりができる。

塩の製造販売の自由化以降は日本各地で流下式といった過去に行われていた製法が復刻され、水分を瞬間的に蒸発させる加熱噴霧といった新しい製法でつくられる塩も流通している。

2009年04月10日

ジェリー・リー・ルイス

ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis、1935年9月29日-)はアメリカのミュージシャン。1950年代後半のロックンロール黄金時代に大活躍したスターの一人。「ザ・キラー」(The Killer)の愛称で呼ばれる。

略歴 [編集]
ルイジアナ州フェリディ生まれ。幼いときから聖歌隊で歌い、十代で神学校に入学したが、当時猥雑とされていた黒人音楽に、白人でありながら熱狂。学校では得意のピアノで賛美歌をロカビリー風に崩して演奏したために教師から顰蹙を買い、さらには寮を抜け出して飲酒や買春に耽るなどの不行跡を繰り返したために退学となり、酒場のピアノ弾きとして音楽活動を開始した。エルヴィス・プレスリーの華々しいデビューにあやかって、1957年にメンフィスのサン・レコードからデビュー、『火の玉ロック』のヒットで一躍スターダムにのし上がった。立ったままピアノを叩くように弾きながら歌うスタイルはルイスのトレードマークとなり、プレスリーやバディ・ホリー、カール・パーキンス、ビル・ヘイリーらとともにロックンロール黄金時代の立役者となった。ピアノに油と火を放って燃やしながら演奏するといったワイルドなパフォーマンスも注目を惹いた。

ところが1958年、英国ツアーに出た折、ルイスが3人目の妻として13歳の又従妹と結婚していたことが英国の保守的なマスコミに報じられ、大騒ぎになった。当時、米国南部では女性が13歳で結婚することや、親戚と結婚することは特に珍しくなかったが、ルイスの場合は前妻との離婚が当時まだ成立していなかったために重婚の罪が露見し、母国でも不道徳の極みと非難された。この一連のスキャンダルが、ロックに対する白人社会の潜在的反感を刺激して、ルイスは事実上アメリカの芸能界から追放されてしまった。

その後はヨーロッパに活動の拠点を移し、1960年代後半にはカントリー界でいくつかのヒットを放った。1970年代以降は、泥酔した挙句に拳銃を振り回してプレスリーの邸宅に押しかけ、面会を強要するなどの奇行によるトラブルの連続で長く不遇の時期を過ごしたが、現在はロックンロールの偉人としてロックの殿堂入りするなど、様々な形でその功績がたたえられている。伝記映画としてデニス・クエイドが主演した「グレートボールズ・オブ・ファイヤー」がある。妹リンダ・ゲイル・ルイスも歌手。

1990年代に突如活動を再開。2006年にもミック・ジャガーやジミー・ペイジなどの豪華ゲストを迎えた新作『ラストマン・スタンディング』(日本リリース2007年1月)を製作するなど、マイペースな活動を続けている。

きたみびお 浮草ぐらし ウェッジ ビーピー ツベル タイマー ビヤマハギ フロマ シケイン フリーラジ マスタ わかくさ ハイネッ パラ プロテス ロンネット ソリテー マンス スライド バヌア マート びばい フレアスカ ドトイ ラッシュ ライム ワインバ ナポリタン インゴット リッピン ウェル バター ドグマ とうりゅう スロット モラリ トレジャ フラッシ ヒマワ チャロ ムック テスト パネラー ダース サイト ジャッジ エタイ マッピング 露の契 フェージュ

2009年03月26日

魔境伝説アクロバンチ

『魔境伝説アクロバンチ』(まきょうでんせつ- )は、1982年(昭和57年)5月5日から同年12月24日まで日本テレビ系で放送された国際映画社製作のロボット・アニメ。全24話。 放送時間は第12話までが毎週水曜日19:00 - 19:30、第13話以降は毎週金曜日17:00 - 17:30。

いのまたむつみの初キャラクター・デザイン担当作品、および主演の中原茂のTVアニメデビュー作品である。 また、金田伊功がオープニングの演出・作画を手がけた事でも知られる。

人類の歴史数千年よりの更なる過去、遥か数万年の昔・超古代文明の時代より伝わるという謎の大秘宝『クワスチカ』。それを求めて世界中の遺跡を巡る事が、海商王・蘭堂タツヤの長き夢だった。そんな折、ある事件から不本意ながら夢が叶い、タツヤ達一家は万能探索メカ・アクロバンチで世界各地の遺跡を巡る事になる。『クワスチカ』の存在の証の石版の導きにより旅を続ける蘭堂ファミリー。だが、かつて地底に封じられた地底人・ゴブリン一族が、『クワスチカ』の力に拠る地上への回帰を目論んで、ファミリー一行の前に立ちはだかる。

アクロバンチ [編集]
アマチュア考古学者である蘭堂タツヤが謎の大秘宝クワスチカ探索のために設計・製作した万能探索ロボット。蘭堂ファミリーの家でもある。

ファルコン・バンチャーを中心にバンチャー・ホーネットとバンチャー・アローが合体して、身長15.2m、体重50.0tの人型ロボットとなる。分離時のマシンは「バンチャーマシン」と総称される。

ファルコン・バンチャー
蘭堂タツヤとジュンが操縦する飛行メカ。アクロバンチの頭部・胴体・太もも・翼を形成する。全長11.29m、重量18.0t。
バンチャー・ホーネット
蘭堂ヒロと蘭堂リョウがそれぞれ操縦する2台のスーパーカー型メカ。右足はΣ型、左足はΛ型という。全長7.41m、重量11.0t。
バンチャー・アロー
蘭堂ミキと蘭堂レイカがそれぞれ操縦する2台のスーパーバイク型メカ。右腕はタキオン型、左腕はハーレー型という。全長8.3m、重量5.0t。
本来このアローの前部推進装置は着脱自在となっており、本編で出るホバーウイング型の他に、当初のデザインで主体となっていた前輪型のアタッチメントが存在した。初期の変形シークエンス設定にも前輪型アタッチメント時の変形が設定されている。
またコクピットを包む「原子磁力」が人工の重力を作り、如何なる回転や振動に対しても、コクピットの向きを一定に保たせ、宇宙空間や海底でも地上と同じ様に活動する事が出来ることが、第2話でのヒロのレクチャーで明かされている。

武器は炎の聖剣エクスキサーチ、バンチャードリル、ウイングカッター、ウイングサーベル、アタックアンカー、フィンガービーム、ランチャーカノン、その他。額のハート酷似形状の部分からはゴブリン金属を貫通出来るイオンビーム砲が発射される。これはゴブリンUFOとのドッグファイト等で特に効力を発揮しているが、全ての武装の目的は元来は遺跡調査時に考えられるあらゆる障害を除去する為のものである。

当初は白い翼だったが、総集編以降の物語後半は合金アイテムと同じ紅い翼に塗装色が変更されている。

本編内でのアクロバンチ合体シーンは当初は未完成だった。そのうえシーン全体が非常に長く、毎回必ずどこかがカットされていたために、完全な形で放送された事は一度もなかった。更にこの合体シーンは当初完全なネガアニメで、キャラの虹彩部とアクロバンチ胸部相当部のV型の部分のみ赤だった。モノクロポジ加工が成されるのは総集編以降である。合体完了時からフルカラーに戻る。

なお、合体時の掛け声は第2話のみ「アタック・セット・ブロー・バンチ」で以降は全て「アタック・ブロー・バンチ」。各バンチャーマシンへの分離時の掛け声は「アタック・バンチ・アウト」である。

なお、プラモ化に際して様々な考証の変更がされ、そのスケールは当初1/980が検討されていた。また、マスクのデザインや翼のカラーリング及びディテール等も現行とは異なる物がいくつか存在していた。

キャラクター・キャスト [編集]
蘭堂ジュン(声優:中原茂)
本編の主人公。15歳。蘭堂タツヤの三男。ずば抜けた運動神経を持ち、父譲りの射撃の腕と兄・ヒロ譲りのナイフ投げの腕前を持つ。生まれた時に母・ローラを失う。ファルコン・バンチャー及びアクロバンチのメインパイロットである。タツヤの事を「パパ」と呼ぶ癖があり、それでタツヤに窘められる事も多い。
蘭堂タツヤ(声優:柴田秀勝)
蘭堂ファミリーの当主。48歳。若き頃に海運業で財を成し、数多の海洋牧場を経営している。また、シュリーマンに憧れるアマチュア考古学者でもある。アメリカ大陸西部沖合に『ランドー牧場』を構えていたが、ゴブリンのUFOに襲撃を受けた際、牧場を失い、アクロバンチで世界各国の遺跡を巡るという過去の夢が期せずして叶ってしまう。自分の事を「パパでない、父さんと呼べ」と常日頃子供達に諭しているが、ジュン・ミキには「パパ」、ヒロ・リョウ・レイカには「親父」呼ばわりされる事もしばしばある。ファルコン・バンチャー及びアクロバンチのメインパイロットであり、一連のバンチャーメカやR・C、D・Bの設計者でもある。ジュンの射撃の師匠でもある。
蘭堂リョウ(声優:野島昭生)
蘭堂ファミリーの御台所を司る、蘭堂タツヤの次男。21歳。彼の料理は誰もが呻る美味だが、コーヒーの淹れ方だけはミキに負けているという。料理だけではなく、投げ縄の腕前はファミリーで右に出る者は居ない。ただし、ファミリーの中では一番機械に弱いらしい。バンチャーホーネット・Σ型のパイロットである。ヒロの影響か、タツヤの事を『親父』と呼ぶ癖がある。なお、初期設定のデザインでは肥満体型だった上、決定稿とは全くイメージが異なるアメコミ等でよく見られるおじさん的キャラだった。
蘭堂ヒロ(声優:若本規夫)
蘭堂タツヤの長男。25歳。放浪癖がある。ナイフ投げの腕で右に出る者は居ない。愛用のサングラスは乱視用の度が入っている。常にクールで、タツヤの事を『親父』と呼ぶ事も屡々。バンチャーホーネット・Λ型のパイロットである。
蘭堂レイカ(声優:杉山佳寿子)
蘭堂タツヤの次女。18歳。ミキとは二卵性双生児の妹で、男勝りな性格の持ち主。メカに滅法強く、特に二輪車を手足の様に乗り回す。バンチャーアロー・ハーレー型のパイロットである。
蘭堂ミキ(声優:三輪勝恵)
蘭堂タツヤの長女。18歳。レイカとは二卵性双生児の姉で、非常にお淑やか。リョウに教わった料理の腕は今では甲乙付け難く、コーヒーの淹れ方は既に達人の域。バンチャーアロー・タキオン型のパイロットである。
R・C(声優:窪田等)
男性的性格を持つ海洋牧場の管理ロボット。アクロバンチでの見張りや雑務などもこなす。タツヤやジュンが居ない時のアクロバンチやファルコン・バンチャー等のメインコントロールも受け持つ。正しくは『スリムスR・C』という名称だが、本編では一度もそう呼ばれた事が無い。
D・B(声優:倉川きよみ)
女性的性格を持つ海洋牧場の管理ロボット。アクロバンチでの見張りや雑務などもこなす。バンチャーメカのメインコントロールは出来ないが、サブコントロールやオートコントロールを担当。アクロバンチのあらゆるデータが収められ、石版の情報やエネルギー・ポールのデータ管理も行う。正しい名称は『ファットD・B』だが、R・C同様、本編では一度もその名で呼ばれなかった。
デーロス(声優:加藤精三)
太古に地底に追いやられたゴブリン一族の長の末裔。
黒軍鬼・グロイジ(声優:大木民夫)
三足歩行型のディラノスを駆るゴブリン四天王。黒鬼族。貴族出身である事にプライドを持ち、アガイルとは特に仲が悪い。シーラにも想いを寄せているらしい。
青軍鬼・ブルゾム(声優:大林隆介)
無足飛行型のフォリングスを駆るゴブリン四天王。青鬼族。シーラに想いを寄せている。それ故にヒロと熾烈な戦いを展開する。ある事情で殺されたという妹はエンメ・ヤのエリーナ皇女に良く似ていると云う。
赤軍鬼・アガイル(声優:寺田誠)
三足歩行型のアンドロデムスを駆る、ゴブリン四天王の一人。赤鬼族。四天王中唯一の平民出身者。物語終盤で地上人の対ゴブリン金属ミサイルの攻撃を受け命を落とす。
赤軍鬼・アガラス(声優:戸谷公次)
戦死したアガイルの後を受けて赤軍鬼に就任した。赤鬼族。アガイルの血族であり、アガイルと同じく平民出身らしい。
白軍鬼・シーラ(声優:弥永和子)
人間体型二足歩行型のケラドウスを駆る、ゴブリン四天王。白鬼族の名家の貴族ジランデルの娘。実はデーロスの実の娘で、ある理由で養女に出されていた。この事はゲペウとデーロス以外は誰も何も知らなかった。ヒロとの死闘の最中に己の過去生に触れ、それからヒロに異常な執念を燃やして敵対する。
大神官・ゲペウ(声優:玄田哲章)
太古の予言などを知り尽くす、ゴブリン一族の参謀且つ神官の長。ゴブリン神話を全て暗誦している。
アタワ(声優:高木早苗)
アンデスの長老・パチャクティの甥っ子。ジュンに危ない所を助けられる。
コト(声優:間嶋里美)
村に伝わる伝承を代々守ってきたエスキモーの娘。リョウとは幼馴染。
ヘンリー中尉(声優:森功至)
地球連邦軍軍人。クワスチカを巡る戦いの最中ファミリーに助けられ、特にタツヤを崇拝。後に彼を見習い、タツヤのプロトタイプとは合体機能の削除及び隊長機との無線連動等以外は寸分違わないアクロバンチ量産機を6機製造し「アクロバンチ隊」として隊員達を率いて戦った。
アルタ(声優:富山敬)
クワスチカの存在を知る者に罠をかける一族の長で、ダレイオス1世の末裔。
サバの王女・シルビア(声優:吉田理保子)
ゴブリンに国を滅ぼされたサバ国の王女。国の崩壊時に顔半分を酷い火傷を負い、顔を隠しながらゲリラ活動をしていた。
ガルモ(声優:戸谷公次)
シーラの副官でシラミック部隊長。
エリーナ皇女(声優:潘恵子)
侵略者シーリウスによって母星エンメ・ヤを失い、地球に避難してきてそのまま冷凍睡眠していた。彼女の持つ『ソウル・ボール』は邪悪な心を持つ者には死を与えるが、正しい心の持ち主はクワスチカに迄導くと云われている。ただし地上には『願いが叶う』と誤って伝えられていて、それが故この球を巡り幾多の争いが起きているという。ブルゾムの妹に面影が似ていると云う。
蘭堂ローラ
タツヤの妻で五人兄妹の母。ジュンを産んで直ぐに死去している。
ナレーター(声優:窪田等)

リーベ フラッ ザイル クチン セドラ タコメ ブラウ レット シスプ じゃくやく ラップワピ デリバリ ツワブキ フリーダム ソート ナビタイア メンマ タルト ガネット スニファー オート スコア えーびー ちょうい たんし ニヒル モップ 国内チュ ティーン ギャレー 幻のユウ ブイゾ シールド パサー タジン ダウンライト コスル ナポリ ヒモパン ジューシー ショー ポニカ いーん リターン パリー トライア バスー 山菜サーチ ヴェリ ローズ

2009年03月10日

人口は最大でも750名

この都市は通常の都市ではなく、インカの王族や貴族のための避暑地としての冬の都(離宮)や、田舎の別荘といった種類のものであった。

遺跡には大きな宮殿や寺院が王宮の周囲にあり、そこでの生活を支える職員の住居もある。マチュ・ピチュには最大でも一時に約750名の住民しかいなかったと推定され、雨季や王族が不在の時の住民は、ほんの一握りであったと推定されている。

この都市はインカの王パチャクティ(Pachacuti)の時代の1440年頃に建設が着手され、1532年にスペイン人により征服されるまでの約80年間、人々の生活が続いていた。
陣取り いなか ストメ ワイス さんぼんぎ アント システイン キーホ ワッシャ ネゴシ メモワ パフェ トーキング マラニッ 筆柿 キーノ テレコズ マヨラ プライ ドアミラ リンクサデ ポート エコロジジー エバー ナフタ レポート エス スキトル オーピー マドラサ スパニ パウダー フィル 夏の稲妻 シグサ ツバル タンゼロ ラスバンド アウトカム 黒い塔 ブルンジ ピエール オーバ タリフ ミンス シェルカ スパラ ヌードル モノクロ ミーシー

ペルーの考古学者アルフレド・バレンシア・セガーラ (Dr.Alfredo Valencia Zegarra)とコロンビアの水利技術者ケネス・ライト(Kenneth Wright)による調査では、この都市の建設に要した努力の60%は急傾斜の城壁の見えない土台などの部分に傾注されており、降雨量の多いこの地で、積み上げられた石積みが500年もの間崩れないのは、農耕のためだけに斜面を整地したのではなかった。渓谷から細かい砂と表土を運び上げ、現在見える石積みの下に、うね状に盛り上げた表層を造ったとしている。

神をまつる神殿としての役割
なぜこのような急峻な山の上に造ったかという質問に対して、ラファイエット単科大学のナイルズ(Dr.Niles of Lafayette College)は、「パチャクチがこの場所を選んだのは……圧倒する景色としか答えようがありません」と言う。

イェール大学の近年の研究成果では、高地であり、かつ両側が切り立った崖上になっているため、太陽観測に最も適し、かつ宗教的理念として、太陽に近いところである、という点が場所選定の理由として挙げられている。

急斜面に位置したマチュピチュの頂上には、太陽の神殿があり、頂上にはインティワタナ(Intihuatana…太陽をつなぎ止める石)が設置されている。夏至と冬至が正確に分かる窓があるなど、太陽を使った暦を観測、作成したとも言われている。

インカの神は日本やエジプトと同じく太陽神であるため、太陽により近い山の頂(いただき)は儀礼場として適当だった。

神殿の畑など耕作地で栽培された農作物は神への供物として栽培されていたか、神が人間に下賜されたものとして人々に食べられたか、いずれにしても宗教儀礼的意味が色濃く反映されている。そのようないきさつから、現在、マチュピチュは宗教都市として捉えられている。

なおインカの人々にとっての神は、太陽とともに月も挙げられ、多くの遺跡には太陽神殿と月の神殿が対で祭られている。マチュ・ピチュの太陽神殿に対しては、ワイナ・ピチュ(「若い峰」という意味で、マチュ・ピチュの背後にある尖った山)の裏手に、月の神殿が洞窟に作られている。

2009年02月22日

ゼントラーディ人

ゼントラーディ人は、SFアニメ作品『超時空要塞マクロス』およびその続編「マクロスシリーズ」に登場する巨人型の異星人の名称。
ミネア あさひか ストレ マッチ アック 繊細 せいじゅ パワーサプ ランドロ ステイ ヒート メキシコ エグゼ べにあか センリョウ アーバン オーバ ロッキード やっこだこ パターン カピバラ アフガン サーボモ メリー 望郷の月 じゅご リンガ モルデ パトス キャンサド ティン デジタル ネクスト ノーショー コンファー ビオチ クレーション フィーマ カーラジオ バビア ナビノニ やまんば デーゲーム 世界の家 ブービー ドゥク サイダ ジャージー ベンダー フレーター

劇場版『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』では男性はゼントラン、女性はメルトランという区別がされている。
古代のプロトカルチャーが戦闘員として利用するために遺伝子操作によって創造した人種。容姿こそ人類と酷似しているが、その身長は人類の約5倍[1]となっており、地球統合軍にてバトロイド(可変戦闘機の格闘形態)やデストロイドなどの巨大ロボット兵器が実用化されたのも、ASS-1(マクロス)の調査結果から巨人異星人との遭遇・戦闘が想定されたためである[2]。また一部の臓器の数や位置が人類のそれとは異なっており、宇宙の真空中でも生身で短時間活動できるなどの強靱な肉体を持つ者もいる(体格や構造は階級や役職により異なる)。更に闘争本能の増進も施されており、第一次星間大戦後に地球に帰化したゼントラーディ人の中には、破壊衝動を抑えきれず暴動を起こす者が相次いだ。

出自および構成に関して、TV版と劇場版では一部設定が異なる。TV版ではゼントラーディ人の敵対勢力は監察軍で、ゼントラーディの男性と女性は同じ艦艇には乗っていないものの、同じ基幹艦隊の指揮下で活動。男性は白兵戦向けの強靭な肉体、女性はパイロットとして適した、小柄で高いGに耐えられるように作られていた。劇場版では、プロトカルチャーが単性生殖を実現させた結果、男(ゼントラーディ)と女(メルトランディ)に分断され戦闘に至ったとされている。戦闘に特化された種族のため、美術・音楽などの文化に免疫がなく、男女の恋愛行動に対して異常な反応をする点はTV版、劇場版とも共通している。

生殖能力はあるものの男女間の交流はほとんど無く、クローン技術により兵士が「製造」されている。また応用技術として、肉体を地球人サイズに縮小する「マイクローン化」や、逆にマイクローンを巨人サイズに戻すことができる「マイクローン装置」を所有している。マイクローン化したゼントラーディ人は生物的に地球人とほぼ同じで混血も可能だが、これは元々地球人もプロトカルチャーによって創り出された生物種であった事に由来しており、逆に地球人もマイクローン装置により巨人化する事が可能である(劇場版ではマクシミリアン・ジーナスが巨人化してメルトランディに帰化している)。

TV版の中盤以降、および『マクロス7』などの続編では旧ブリタイ・アドクラス艦隊将兵の多くがマイクローン化して新統合政府に参加しており、地球人とゼントラーディ人のハーフやクォーターも生まれている。『マクロス7』はTV版の設定を受け継いでいるが、男性をゼントラーディ、女性をメルトランディと呼ぶこともある[3]。大戦後の2度の巨人ゼントラーディ人による反乱により、地球では巨人サイズでの居住が禁止されたが、マクロス7船団にはエキセドル・フォルモら非マイクローンのゼントラーディ人が少数所属しており、マクロスフロンティア船団でも一部区画にて巨人ゼントラーディ人と地球人・マイクローンとの共存が行われている。

なお第一次星間大戦でのボドル基幹艦隊による地球攻撃により、人類は総人口のほとんどを失い約100万人を残すのみとなり、帰順したゼントラーディ人約800万人より少数となった[4]。このため以後の「地球人類」は、マイクローン化された帰化ゼントラーディ人の方が多いことになる。ただし文化的には圧倒的に人類側優勢であるためゼントラーディ人は人類に同化されつつあり、これに不満を持つゼントラーディ人も少なくないようである(『マクロスF』ではグレイスがそうした感情を刺激し、ゼントラーディと人類の対立を再燃させようとした節がある)。

身体的な特徴として、寒色系の肌の色が挙げられるが、褐色や肌色など地球人とさほど変わらない者も多い。劇場版や『マクロスプラス』以降の続編では、旧シリーズには無かった演出として、尖った耳が特徴として加わっている。地球人との混血児にも純血児ほどではないが耳の端がやや尖っているといった細かな描き分けがなされている。その他、青・緑・ピンクといった色の純血の人類では考えられない頭髪を持つ者も多く、ハーフやクォーターでもそうした人物が多い。また『マクロスF』では、一部のゼントラーディ人は頭髪が意思や感情により動く能力を持ち、クォーターであるランカ・リーもその能力を受け継いでいるという設定が加えられた。

言語
プロトカルチャー言語から発展した独自の言語体系を使用しているようだが、TV版では演出上の都合もあり、最初から完全な翻訳機をゼントラーディ側が所有していた(それでも作中には、ゼントラン語が度々登場している。特に、第一次星間大戦後の地球で、ゼントラーディ人がゼントラン語を使うシーンが複数存在している)。そもそも軍事行動以外の習慣のないゼントラーディ人の使用言語は、地球人類のそれと比較すると非常に語彙のバリエーションが少ない。この傾向は劇場版において更に強調され、より未知の好戦的な異星人としての印象を強めている。当初は独特のゼントラン語を使用しており(PS2版ゲームソフトでは、TV版ストーリーモードにおいても劇場版同様の演出方針が採られている)、「デ・カルチャー(意訳:そんな馬鹿な)」などが有名である。作中で次第に地球の言語[5]とゼントラン語が混合して使用されるようになった。なお、表記には独自のゼントラン文字が使われており、その一部に地球のラテン文字(ローマ字)に該当する物があったことから文字の対比の後、翻訳方式がまとめられ、地球人側の翻訳技術の向上に貢献することとなる。

元ボドル基幹艦隊のゼントラーディ人は地球人類との混血化が進み、帰化することで純粋なゼントラーディ語のみを使用する者もいなくなったが、2059年時点でゼントラーディ血統人種で構成される部隊などでは、軍事行動関係の命令や指示などをゼントラーディ語で行っているケースもある。

一部の単語はそのまま地球言語として定着しており、前述の「デ・カルチャー」などは、普通にテレビCMなどにも使用されるポピュラーな単語となっている。ただし、『マクロスF』の小説版によると「デ・カルチャー」はすでに死語扱いとのことである。

劇場版では、早瀬未沙がプロトカルチャー語で書かれた「愛・おぼえていますか」の歌詞カードを翻訳したり、プロトカルチャーからの音声メッセージを片言ながらも理解できたところから、統合軍も西暦1999年に墜落してきたマクロス内部に残存していたであろう資料やデータなどから、ゼントラン語(メルトラン語)をある程度解読していたものと推察できる。

例文:「ヤック デ カルチャ」等

ゼントラーディ軍
ゼントラーディ人は種族全員が戦闘員であり、ゼントラーディ軍の将兵である。彼らには「民間人」(戦争をしない人間)という概念自体が存在せず、社会生活全てが軍事行動と直結している。

ゼントラーディ軍は1,000個以上の「基幹艦隊」に分かれて行動している。1個基幹艦隊は移動司令部である超大型要塞と500万隻近い宇宙戦艦、搭載された無数の戦闘ポッドで構成される。全ての基幹艦隊に識別ナンバーが割り振られているが、便宜上、総司令官の名前を冠した名称で呼ばれている。第一次星間大戦の際、人類と交戦した基幹艦隊は、ゼントラーディ軍第118基幹艦隊(通称:ボドル基幹艦隊)であった。基本的に基幹艦隊同士の連携等は行われず、お互いの艦隊の位置も命令系統上位の将官までしか知らされていない。軍隊として本来存在するはずの、基幹艦隊を統括する上位機構もシリーズ中では明言されていない。そもそも本来の主人であるプロトカルチャーは、遙か太古に自らの生み出したゼントラーディ軍と監察軍の戦いの中で滅亡しており、既に根源的な戦争の目的や理由を失ったまま軍隊全体が盲目的に戦闘行為を行っているとも言える。なお、総司令官を失った基幹艦隊の残存艦艇は速やかに撤退の後、距離的に最も近くに位置する他の基幹艦隊に合流すべし、とする軍法がある。

撤退の際に取り残されたゼントラーディ艦隊または部隊は、闘争本能の赴くままに戦闘を繰り返す「はぐれゼントラーディ」という危険な海賊的戦闘集団と化し、辺境宙域において幾度となく新統合軍の治安部隊と交戦している。マクロスシリーズの正史には含まれていないが、『マクロスII』では「マルドゥーク」という、はぐれゼントラーディを歌によって従えた勢力が登場する。

ゼントラーディ人は創造する能力を与えられておらず、使用している兵器は全てプロトカルチャーの作った無数の惑星や衛星の全自動兵器廠により製造されている。例えば標準的な戦闘ポッド・リガードは、約3億を数える兵器廠で常時生産され続け、前線に供給されている。本編中では明言、登場はしなかったが、戦艦やフルブス・バレンスのような機動要塞を建造する兵器廠も存在する(こういった兵器類は生産サイクルも長く、艦艇類は数十から数百周期に1隻、要塞クラスになると数千周期に1隻のサイクルで生産されているものと思われる)。修理技術を持たされていないため、全般的に耐久力に主眼を置いた設計・構造となっており、中には、数万周期(年)前に建造され、現在も現役で戦闘に参加している歴戦の艦もある。しかし比較的複雑で高度な機材の性能維持と運用は困難で、例えば司令部偵察ポッド・ケルカリアなどは標準装備でありながら、各艦隊ごとに数十機ずつしか配備されていない。

基本的に一つの兵器廠で単一の兵器が大量生産されていると見られ劇中にもその種の描写、台詞がある。戦闘等で生産ラインが破壊されると兵器廠それ自体の修復も不可能なのに加え、ゼントラーディー人の文化にはそもそも「整備」「修理」の概念が無いため既存生産分の部品の共食いも含めやはり不可能となり該当する兵器は以後消耗する一方となる。例えば、28万周期前にロイコミン兵器廠の生産ラインが攻撃により全壊した戦闘ポッド・グラージ等は、ゼントラーディ全軍を通じて希少品となっている。

第一次星間大戦後、地球人類によりこれらの兵器の基幹技術が調査解明され、それらを導入した地球製兵器の開発も進められた(YF-21等)。また逆に地球の修理・改良技術を習得したゼントラーディ人により、ゼントラーディ兵器に改造や改良を加えた機体が確認されている(ヴァリアブル・グラージ等)。

核兵器の一種である反応弾に至っては、地球暦の紀元前38万年前に全ての生産プラントが戦火で失われ、幻の兵器として言い伝えのみがゼントラーディ全軍に伝わっていた。

代表的なゼントラーディ人
超時空要塞マクロス
超時空要塞マクロスの登場人物一覧#ゼントラーディ軍を参照。
その他の作品
ビヒーダ・フィーズ、クロレ、トランキル(『マクロス7』)
ジェビル・ルクソール、マーヴィン(『マクロス7 トラッシュ』)
ティモシー・ダルダントン(『マクロス VF-X2』)
モアラミア・ジフォン(『マクロスM3』)
クラン・クラン(『マクロスF』)
ゼントラーディ系地球人
第一次星間大戦後に生まれたゼントラーディ人の血を引く地球人。
ハーフ世代
マクシミリアン・ジーナス、ミリア・ファリーナ・ジーナス夫妻の子供(マクシミリアン・ジーナス#家族構成を参照)
シルビー・ジーナ(『超時空要塞マクロスII -LOVERS AGAIN-』)
ガルド・ゴア・ボーマン(『マクロスプラス』)
クォーター世代
ランカ・リー(『マクロスF』)

2009年02月06日

山名氏(やまなうじ、やまなし)は、山陰を中心に勢力

山名氏(やまなうじ、やまなし)は、山陰を中心に勢力を持った守護大名、戦国大名である。

山名氏は清和源氏の名門・新田氏の一族。新田義重の庶子・三郎義範(または太郎三郎とも)が上野国多胡郡(八幡荘)山名郷(現在の群馬県高崎市山名町周辺)に住して山名三郎と名乗ったことから、山名氏を称した。

鎌倉時代には、早くから源頼朝に従いて御家人となる(岩松氏と同様に足利氏一門という説も有る。新田氏と足利氏は共に義国流源氏で同族である)。
サイコロ セリクー クイズ ビアンコ ナビ淡竹 チャーイ バッスル グリーン ナルコ スランプ カナメモチ しおで 満月アナタ ジバン フィーバ ジーメン コシア 虹の橋 透明人間 アスキー プラスタ パイプオ ゲスケル 鯉のぼり ガラシ シーリング スイート ハネムーン 北の旅人 ワイファイ スキッド ビンゲン ション マサキ トンキロ レシー サヘル スリット レッシブ ナイス ブローチ フレー リスト ナビメリノ ジャズ フェンス りっさ サード だむら ターゲット

南北朝時代
南北朝時代、新田義貞を中心に南朝に参加した新田一族と異なり、山名時氏は縁戚の足利尊氏に従った。尊氏の世がくると時氏も運気を掴み、守護大名として山陰地方に大勢力を張り、また赤松氏や京極氏、一色氏と並んで四職家の一つにまで数えられるに至った。その後の観応の擾乱では、南朝側に与して足利直冬に従ったが、足利義詮時代には幕府側に帰参した。

時氏の子・山名氏清のとき、一族で全国66ヶ国中11ヶ国の守護職を占め、「六分の一殿」と称されて権勢を誇った。しかしその結果、将軍・足利義満から危険視され、義満は山名一族離反の謀略を試みる。そして元中8年・明徳2年(1391年)、氏清は義満の挑発に乗って一族の山名満幸・山名義理とともに挙兵(明徳の乱)、同年12月には京都へ攻め入るも、幕府軍の反攻にあって氏清は戦死してしまった。

戦後の山名氏は存続こそ許されたものの、時義の子・山名時熙の但馬守護職、同じく時義の子・氏幸の伯耆守護職のみとなり、一族は大幅にその勢力を減ずるに至った。

山名宗全時代
山名持豊(山名宗全)は、嘉吉元年(1441年)、将軍・足利義教が赤松満祐によって暗殺(嘉吉の乱)されると、同年、赤松氏討伐の総大将として大功を挙げた。この功績によって山名氏は、備後・安芸・石見・備前・美作・播磨などの守護職を与えられ、再び全盛期を築き上げた。

しかし宗全は、幕府の主導権をめぐって管領・細川勝元と対立する。また、足利将軍家や畠山氏、斯波氏などの後継者争いなど複雑な事情も重なった結果、応仁元年(1467年)には応仁の乱の勃発に至った。このとき、宗全は西軍の総大将として、同じく東軍総大将の細川勝元と戦ったが、乱の最中である文明5年(1473年)に宗全は病死する。

戦国時代
宗全の死後、家督は山名政豊が継いだものの、宗全死去や応仁の乱などによって一族の勢力は急速に衰退してゆく。領内では毛利次郎の乱をはじめとする国人による反乱が相次ぎ、家督をめぐる一族内部での争いが始まる。さらに出雲の尼子経久、周防の大内義興、備前の浦上村宗らの圧迫を受けるようになり、次第に領土を奪われて、政豊の子・山名誠豊の時代には、誠豊が但馬、山名豊時の孫・山名誠通が因幡をかろうじて支配するという状態に陥った。しかも、これを契機に山名家は但馬守護家と因幡守護家に分裂し、互いが宗家の家督をめぐって争う有様であった。

享禄元年(1528年)には誠豊が死去し、養子の山名祐豊が但馬守護を継ぐ。祐豊は誠通を討って弟の山名豊定を因幡守護とし、山名氏の統一を果たす。さらには毛利元就と手を結び、一時は山名氏を戦国大名として再興させたが、織田信長の勢力が伸張してくると、天正8年(1580年)、信長の重臣・羽柴秀吉(豊臣秀吉)の軍勢に取り囲まれて死去した。

しかし同年、豊定の子・山名豊国が秀吉を通じて信長に降伏したため、秀吉の家臣となった。その後、豊国は秀吉から因幡にわずかの所領を与えられ、御伽衆として迎えられた。

江戸時代
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで、豊国は徳川家康に従った。そのため慶長6年(1601年)、家康から但馬村岡に6700石の所領を与えられ、交代寄合として存続した。さらに、徳川御三家(尾張藩、紀州藩、水戸藩)と同じ屋形号も有した。

明治2年(1869年)、山名義済が1万1000石への高直しを明治政府に認められ、新たに但馬村岡藩を立藩した。明治17年(1884年)、山名氏は華族として男爵に叙された。

山名氏?但馬守護
山名義範
山名義節
山名重国
山名重村
山名義長
山名義俊
山名政氏
山名時氏
山名時義
山名時熙
山名宗全(持豊)
山名教豊
山名政豊
山名致豊:但馬、因幡守護。
山名誠豊
山名祐豊:致豊の次男、誠豊の養子。1580年秀吉率いる織田軍に包囲される中、死去した。

但馬守護?旗本(山名堯熙流清水氏)
山名堯熙流清水氏
山名堯熙:祐豊の次男。出石城落城後は秀吉に登用され、秀吉・秀頼の豊臣氏二代に仕える。
山名堯政:堯熙の子。豊臣氏に仕える。後に家康に登用を請うも許されず、大阪夏の陣で戦死。
清水恒豊:旧臣清水正親の養子。山名堯政の子。実父戦死時はわずか8歳。京都六条に潜居するも、旧臣清水正親及び因幡山名氏の尽力により、正親の養子として幕臣に列することを許される。延宝7年(1679)5月16日死去。
清水豊頼:恒豊の次男。元禄15年1月14日死去。
清水豊永:豊頼の嫡子。宝永元年8月21日死去。
清水豊重:豊永の養子、実父は酒井重賢、母は豊頼の養女。享保8年5月10日死去。以後山名氏の血縁断絶?
清水豊春:豊重の嫡子。寛政6年6月21日死去。
清水豊信:豊春の嫡子。
清水豊道:豊信の嫡子。

旗本分家一
清水熙豊:恒豊の長男。
山名時信:熙豊の嫡子。山名氏に複姓する。
山名時尚:時信の弟。次男服部保教(服部保昌の養子)、三男清水時庸(清水豊秋の養子)。
山名時連:時尚の嫡子。
山名時睦:時連の養子、実父は清水豊秋。
山名時習:時睦の嫡子。子に時方、時勝、時守あり。

旗本分家二
清水賀豊:恒豊の三男。
清水豊秋:賀豊の養子、実父は前田定能。
清水時庸:豊秋の養子、実父は山名時尚。
清水時良:時庸の嫡子。
清水時親:時良の嫡子。
清水時柯:時親の子。
のちに清水氏から山名氏に復姓する。

旗本分家三
山名豊常:豊頼の次男。山名氏に復姓する。
山名豊明:豊恒の養子、実父は前田定勝。
山名豊実:豊明の嫡孫。父豊全は家督を継がずして死去。
山名如風:豊実の養子、実父は清水豊春。

[編集] 山名氏?因幡守護?交代寄合?村岡藩
山名豊定:山名致豊の三男、山名祐豊の弟。因幡守護
山名豊数
山名豊国:妻は山名祐豊娘  
山名豊政
山名矩豊
山名隆豊
山名豊就
山名豊暄
山名義徳
山名義方
山名義蕃
山名義問:弟眞龍は了源寺(船橋市)住職、秀量は誠照寺(鯖江市)住職。
山名義済:正室は須坂藩主堀直格の娘・縁子。堀氏は明治維新後、奥田に改姓。余談、須坂藩江戸藩邸跡地に田中角栄元総理の通称目白御殿が建てられた。
山名義路:妹快子は誠照寺(鯖江市)住職二條秀源夫人。
山名義鶴:民社党結成に尽力、東京帝大新人会、大原社会問題研究所、労働者教育協会主宰、財団法人中東調査会理事長、国家公安委員。

系図
清和天皇
:(5代隔)
源義家

源義国

源義重(新田氏の祖 新田義重)

義範(山名氏の祖)

義節
┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
重国                       重家
┣━━━━━━━┳━━━━━━┳━━━━━┓   ┣━━┓
重村      朝家     国長    義房  氏家 信家    
┣━━━━┓  ┃      ┃     ┃   ┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
義長   義政 義行     義信    重房  景家  氏景  泰氏  為氏  国家(家国)
┃    ┃  ┃      ┣━━━┓     ┃  
義俊   俊氏 行氏     長信  長家    家長
┃    ┃  ┃      ┃   ┃       
政氏   頼氏 俊行     景長  忠家
┣━━┓ ┃
時氏 兼義 頼家
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━━━┳━━━┳━━━┳━━━━━━━━━━┳━━━┓
時義                氏清     氏冬   義理  師義         熈氏  氏重
┣━━━┓            ┣━━━┓  ┃   ┃   ┣━━━┳━━━┓  ┃
時熙  氏幸            時清   満氏 氏家  義清  氏之  義幸  満幸 熈高
┃                       |   ┃   ┃   ┃      ┃
持豊(宗全)                   煕貴  教清  煕之  師幸     政康    
┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓   │    ┃   ┃          ┃
教豊  勝豊   是豊  政豊  時豊  豊久  勝豊  政清  教之         政実     
┝━━━┓   ┃               ┃       ┣━━━┓
政豊   豊保  頼忠              豊頼      豊之  之弘
┣━━━┳━━━┓               ┃       ┣━━━┓
致豊  俊豊  誠豊               誠通      政之  尚之
┣━━━┓   │
豊定  祐豊  祐豊
┣━━━┓   ┣━━━┓
豊国  豊数   棟豊  堯熙
┣━━━┳━━━┓
豊政   豊義  豊晴
┃   ┃
矩豊  豊守
|   ┃
隆豊  光豊
|   ┃
豊就  豊就

豊暄

義徳

義方

義蕃

義問

義済

義路

義鶴

主要家臣団
垣屋続成
垣屋光成
垣屋恒総
中村春続
中村鍋法師丸
中村政重
中村豊重
吉岡定勝
森下道誉
田結庄是義
武田国信
武田高信
山名四天王 … 山名氏の下で名を馳せた4人を指す。領内を運営していた実質上の支配者とも言われる。垣屋続成・田結庄是義・八木豊信・大田垣輝信とされる。

庶家
三上氏
海老名氏
南条氏
渡辺氏
志賀氏
岸氏
八橋氏
草山氏
行松氏

2009年01月22日

民族浄化のためにさまざまな方法

一連のユーゴスラビア紛争のなかで、民族浄化のためにさまざまな方法が用いられた。条件に応じて、以下のような手段を複数組み合わせて民族浄化が行われた。ユーゴスラビア紛争の中では、クロアチア人やセルビア人、ボシュニャク人、コソボのアルバニア人の全ての民族が民族浄化の加害者となり、また被害者となった。また、ロマなどの少数民族は往々にして民族浄化の対象とされた。

自治体を乗っ取る
ユーゴスラビアにおいては、自主管理社会主義や全民衆防衛に代表される、末端レベルの地位強化が進められていた。さまざまな権限が連邦から共和国、そして基礎自治体へとより下位に移管され、基礎自治体には大きな権限が与えられていた。そのため、自治体の乗っ取りは重要視された。自治体の乗っ取りは、以下のようにして行われた。
バット ジュズダマ はないかり マグカップ しょうぶ ブロックバス ゲンスト マジカ カムアウ 国内山芋 スケーラ ゼロサム テナン ヨルムン こだま NEW世界 スカト オポッ フォーク シャンプー カヤック ネイチャー バイト ゲンタマ クヌギ リドール マット キャンバ ランド スリッパ てのひら ムーラン ヌバック リップミル ハーケン 高原の月 きつきみ ブイアイピ リトアニ キニン 笠だけ レサー モント サンザシ あかさ スダイヤ いたけ ツーピース ワカ フィリピン

多数派の形成が容易である場合、選挙や議会を通じて合法的に自治体の権力を手に入れる。市長や閣僚、警察署長などの重要ポストを民族主義派の政党関係者で占めることによって、自治体の乗っ取りを進める。

一方、人口が拮抗している場合や少数派である場合、多民族融和的な勢力が一定の地位を持っている場合、選挙によって自治体を乗っ取ることは難しい。この場合は、嫌がらせや暴力などの手段を通じて自治体権力を掌握する。たとえば、地域内や地域外から来た民兵を使って、市役所や議会、警察署、消防署などの公共施設を制圧し、自治体の権力の掌握を図る。あるいは、対立する政治家を暴力や脅迫、殺害によって排除する。

異民族の社会からの排除
これは、異民族の役所での手続きをさせない、職を解く、外出を制限するなどの方法によって、異民族を社会から排除する手段である。

自治体を乗っ取ることによって、市役所や警察、消防、郵便、その他の公的機関に勤める異民族の職を解くことが可能となる。また、公営企業からも異民族を排除できる。自営業の者は、営業許可を取り消すことができる。非常事態を宣言して外出禁止令を出し、異民族による外出禁止令の違反を取り締まることによって、異民族の行動を大きく制限できることになる。また、市内各所や村落の出入り口に検問所を設け、異民族の通行を制限できる。

宣伝活動
宣伝活動には、次のような手段を用いる。街宣車やビラ、うわさの流布、あるいは電波塔の乗っ取りなどをする。自治体の乗っ取りによって公営メディアを支配下におく、私営メディアに介入する。

この方法では、異民族や異民族の特定個人に対する誹謗・中傷を流布する。自民族は異民族によって迫害を受けた歴史がある、これから迫害を受ける危険がある、異民族が戦闘準備を整えている等の情報を流し、自民族の住民に不安を与え、異民族に対する恐怖や敵対心を植えつける。異民族に属する個人が密かに民族主義による犯罪に加担している等の情報を流すことによって、異民族の有力者の威信を貶め、住民に疑心暗鬼を植え付け、異民族に対する不信をもたらす。

安全を脅かす
民兵などを使って異民族の身体・財産の安全を脅かすことで、地域を立ち去らざるを得ない環境をつくることが目的である。この方法では、民兵などが異民族の住居や店舗、事業所その他を襲撃し、暴行を加え、略奪する。殺害や強姦が伴うこともある。見せしめとして、人目につくところで堂々と犯行を行ったり、目立つところに暴行・殺害された被害者を置いたり、凄惨な殺害方法をとることもある。異民族の住民は身体・財産の危険を強く感じるようになる。

警察が民族主義勢力に乗っ取られているか、警察が民兵に恐怖していれば、被害を受けた住民の訴えを警察は無視するようになる。また、自治体乗っ取りによって、警察の資料や市役所の登記簿などの公的書類を入手できる。これによって異民族の住居や資産、武器所有などの状況を把握し、襲撃対象を選定できる。

市部の住民を武装解除させる
住民の武器所有状況を把握し、武器の所有者に対して身の安全を保障すると約束し、武器を供出させ、武装解除させる。この段階では、武器を探索する名目で家屋を捜索することもできる。また、武器の供出を拒む場合、それを口実として逮捕することもできる。

村落を武装解除させる
自治体の中心となるような町を抑えたら、その周辺にある村落の武装解除にあたる。市部とは異なり、村部では特定の民族が人口のほとんどを占めていることが多く、そうした村落では住民が武装して自警団を結成し、検問所を設けたりパトロールにあたっていたりする。村落に対して武装解除を迫り、拒んだ場合は兵力を投入して強制的に武装解除させる。村民を反乱者とみなし、強制収容所に送るか、殺害する。

強制退去させる
自治体を乗っ取って警察等を支配下に置き、自民族の軍を十分に動員し、異民族を武装解除したら、異民族の強制的な追放が可能となる。武力をもって異民族の住居を襲い、資産の放棄を宣誓させ、支配地外に強制移送するか、強制収容所に収容する。この過程では多くの暴力を伴い、また死者も出る。特に、少年や成人男性は、潜在的な敵兵となるので、強制収容となることも多い。

大量強姦する
異民族の女性を拘束下に置き、大量強姦する。これによって兵士の士気を高めるとともに、女性を妊娠させる。強姦は女性に対して極めて重大な精神的ダメージを与え、また敵の強姦による妊娠は異民族に対して大きな不名誉と恐怖の感情をもたらす。女性らは妊娠後も一定期間拘束され、出産せざるを得ない状況になった段階で支配地域外に解放する。これによって、さらに多くの異民族の自発的な避難を促すことができる。

絶滅させる
ある域内における住民を全て殺害する。あるいは、その住民のうち従軍可能年齢の男性など、対象の一部を全て殺害する。あるいは絶滅目的で強制収容所に送る。

資産を破壊する
住民のいなくなった家屋を略奪し、放火などによって損壊させる。あるいは、他の地域から避難してきた自民族の難民にこれらの家屋を与える。これによって、脱出した異民族の帰還を妨げ、彼らが帰還しても生活ができない状況を作り上げる。

支配地域外の同胞を難民化させる
軍事的に制圧や占領維持の難しい地域に住んでいる自民族や、敵によって占領された地域に住む自民族に対して、異民族への恐怖を煽り、その地域に留まらないよう求め、避難を促す。自分たちの住む土地に、難民となって避難してくる「敵地から来た同胞」は、次のような効果をもたらす。

異民族による、自民族に対する「民族浄化」の実例を作り上げる。難民化した「同胞」の姿は、住民たちの間での異民族に対する恐怖や敵対心を高め、自分たちも民族浄化の危機にさらされていると自覚させる。これによって自己目的を正当化し、住民の協力を取り付け、戦力を強化させる。また、マスメディア等を通じて難民たちの姿を広く広報し、自民族に対して同調的な国際世論を作り上げる。
支配地域における自民族の人口比率を高める。
難民たちは異民族に対する強い不満を持つため、憂さ晴らしに支配地域内の異民族に対する迫害を行う。
異民族が去った後の家屋に新しい所有者を与え、異民族の帰還を困難とする。

2009年01月15日

手品師(てじなし)

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奇術 (きじゅつ)あるいはマジック(Magic)とは、人間の錯覚や思い込みを利用し、実際には合理的な原理を用いてあたかも「実現不可能なこと」が起きているかのように見せかける芸能。通常、観客に見せることを前提としてそのための発展を遂げてきたものをいう。手品(てじな)と同義であり、古くは手妻(てづま)、品玉(しなだま)とも呼ばれた。

また、奇術を行う者をマジシャン(Magician)、奇術師(きじゅつし)、手品師(てじなし)などと呼称する。

奇術の歴史は古く、演目の1つ「カップ・アンド・ボール Cup and Ball」は古代エジプトのベニハッサン村の4000年以上前のものと推測されている洞窟壁画にそれらしきものが描かれている(ただし、これはカップ・アンド・ボールを演じているところではないと考える学者もいる)[1]。紀元前1700年頃のものと考えられている書物(ウェストカー・パピルス)には当時のファラオの前で演じた奇術師の様子が詳細に描かれている[2]。ギリシア・ローマ時代には奇術師を「小石を使うもの」という意味の言葉calculariusや「カップを使うもの」という意味の言葉acetabulariiで呼び、これは「カップとボール」(ラテン語acetabula et calculi)を表している[3]。この時代の文書には、奇術師に関連する逸話や見聞録が数多く存在する。

魔術と奇術は、ある意味では非常に近しい関係にある。英語のmagicがその両方を指すように、そもそも奇術は魔術を実現するために発展してきたとも考えられる。

奇術は古代、国家形成以前の時代から行われていたとされ、これは古代の集団においてそれを統率するリーダー的役割の人間は、不思議な力があることが大きな影響力を持っていた(日本では卑弥呼など)ことに由来する。リーダーは、民衆とは違ったことができるということをアピールすることで権力を得たともいわれるからである。このような奇術を「原始奇術」、「ビザー・マジック」とも言い、古代社会では大きな影響力を持つことに成功したと見られる。

中世から近世にかけて西ヨーロッパにおいて、奇術を演じる者は「悪魔と契約を結んで本当に邪な力を得たのではないか」との嫌疑をかけられることがあり、一部の奇術師たちは訴えられて処罰された。近世に入って魔女狩りが盛んに行われるとヨーロッパでは奇術の技術的発展もストップした。この時代、旅回りのジプシー(ロマ)や芸人、一部の「白魔術」を行う奇術師によってのみ演技は継承されていた。 1584年にイギリスの私淑者レジナルド・スコットが、魔女狩りから無実の人々を救う目的で『妖術の開示』をロンドンで出版[4]。この中には奇術の解説も含まれており、世界最古の奇術解説書となっている(その他の有名な初期の解説書といえば「ホーカス・ポーカス・ジュニア」など)。

日本における歴史
日本における奇術の歴史は、奈良時代に唐より仏教とともに伝来した「散楽」が始まりとされ、狂言や能などと同じ源流を持っている。

大道芸として発展し、「放下」「呪術」「幻術」と呼ばれたが、戦国時代には芸として完成している。ただし、室町時代以降はキリシタン・バテレンの妖術と非難され、一時禁止された。陰陽師(安部晴明など)の術も奇術の原理を使用していたとされる[5]。戦国時代の果心居士などが有名。

江戸時代頃から手妻(てづま)、品玉と呼ばれ、柳川一蝶斎や塩屋長次郎らが舞台で活躍した。特に塩屋長次郎は世界に先駆けて「ブラック・アート」(イリュージョンを参照)を完成させた人物である[6]。この時代に完成した日本奇術(和妻)の中でも水芸や胡蝶の舞、ヒョコといった演目は傑作となっている。江戸時代以降は奇術解説書が多く出版されるようになり、日本最古のものは「神仙戯術」(元禄10年、1697年)であり、これは明の文人画の大家、陳眉公の翻訳である[7]。江戸時代、奇術は知的な座敷芸として認知されていた。趣味人や知識人が著し、当時のプロが演じていた大掛かりなものから、座敷で演じるものまでが解説され、当時の日本人は既にエンターテイメントとして奇術を楽しんでいたことがわかる。江戸時代の著名な奇術解説書としては、「座敷芸比翼品玉」「秘事百撰」など。幕末から明治維新に掛けて来日した外国人は、手妻(特に胡蝶の舞)に驚嘆したという記録が残っている[8]。

この時代には歌舞伎や人形浄瑠璃、からくり人形の舞台も大変な人気で、奇術的な原理を使用するものも多く、密接な関係を保っていた[9]。

明治時代に、ヨーロッパ巡業した松旭斎天一やその一門などを始めとした数多くの奇術師が「西洋奇術」を披露し、人気を博した。このために、世界的に見てもユニークな手妻は徐々に勢いを無くし、現在では限られた奇術師(手妻師)しか演じなくなっている。 現在の日本で見られる奇術のほとんどは欧米で発達したものであるため、日本古来の手妻(てづま)、品玉(しなだま)を指す場合に、特に西洋奇術の洋妻(ようづま)に対し和妻(わづま)という呼び方がされることもある。

1900年代初期から、日本奇術界は欧米のコピーに傾倒し始める。 海外の知識が日本に流入するようになってから、奇術は手妻以上に演芸として確立する。

戦前は、松旭斎天一の弟子「魔術の女王」松旭斎天勝など松旭斎一門や様々な流派、または師弟関係の無い独学のマジシャンが興行を成功させた。また、アマチュアの研究家だった坂本種芳などが活躍し、同氏は1935年に海外の著名な賞であるスフィンクス賞を受けるなどしている。この時期に、様々な同好会が設立された。奇術のスタイルとしては、ステージマジックが主流であった。しかし、第二次世界大戦が長引くにつれ情報は乏しくなって行く。

戦後になると、小野坂東や高木重朗の尽力で欧米の奇術が再び日本へ紹介され、大きな影響を与えた[10]。この頃は、クロースアップ・マジックに関連する情報が多く、この分野が急激に発展した。また、プロマジシャン以外にも、アマチュアながらも優秀な愛好家が増加。沢浩や厚川昌男といったアマチュアマジシャンが世界を驚嘆させる奇術を創案し、その他多くの優秀な人材が生まれている。

現在では日本の奇術愛好家人口も増加し、全国各地に同好会が存在する。世界の舞台で活躍するマジシャンも多く、「マジック界のオリンピック」の異名を持つ世界大会「FISM」などへ入賞するケースが増えている。 世界で活躍したマジシャンとしては、石田天海や島田晴夫、峯村健二ら。 1970年代に初代・引田天功などがステージマジックで成功し、1990年代には超魔術ブーム、2000年代にはクロースアップ・マジックがブームを巻き起こした。