ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis、1935年9月29日-)はアメリカのミュージシャン。1950年代後半のロックンロール黄金時代に大活躍したスターの一人。「ザ・キラー」(The Killer)の愛称で呼ばれる。
略歴 [編集]
ルイジアナ州フェリディ生まれ。幼いときから聖歌隊で歌い、十代で神学校に入学したが、当時猥雑とされていた黒人音楽に、白人でありながら熱狂。学校では得意のピアノで賛美歌をロカビリー風に崩して演奏したために教師から顰蹙を買い、さらには寮を抜け出して飲酒や買春に耽るなどの不行跡を繰り返したために退学となり、酒場のピアノ弾きとして音楽活動を開始した。エルヴィス・プレスリーの華々しいデビューにあやかって、1957年にメンフィスのサン・レコードからデビュー、『火の玉ロック』のヒットで一躍スターダムにのし上がった。立ったままピアノを叩くように弾きながら歌うスタイルはルイスのトレードマークとなり、プレスリーやバディ・ホリー、カール・パーキンス、ビル・ヘイリーらとともにロックンロール黄金時代の立役者となった。ピアノに油と火を放って燃やしながら演奏するといったワイルドなパフォーマンスも注目を惹いた。
ところが1958年、英国ツアーに出た折、ルイスが3人目の妻として13歳の又従妹と結婚していたことが英国の保守的なマスコミに報じられ、大騒ぎになった。当時、米国南部では女性が13歳で結婚することや、親戚と結婚することは特に珍しくなかったが、ルイスの場合は前妻との離婚が当時まだ成立していなかったために重婚の罪が露見し、母国でも不道徳の極みと非難された。この一連のスキャンダルが、ロックに対する白人社会の潜在的反感を刺激して、ルイスは事実上アメリカの芸能界から追放されてしまった。
その後はヨーロッパに活動の拠点を移し、1960年代後半にはカントリー界でいくつかのヒットを放った。1970年代以降は、泥酔した挙句に拳銃を振り回してプレスリーの邸宅に押しかけ、面会を強要するなどの奇行によるトラブルの連続で長く不遇の時期を過ごしたが、現在はロックンロールの偉人としてロックの殿堂入りするなど、様々な形でその功績がたたえられている。伝記映画としてデニス・クエイドが主演した「グレートボールズ・オブ・ファイヤー」がある。妹リンダ・ゲイル・ルイスも歌手。
1990年代に突如活動を再開。2006年にもミック・ジャガーやジミー・ペイジなどの豪華ゲストを迎えた新作『ラストマン・スタンディング』(日本リリース2007年1月)を製作するなど、マイペースな活動を続けている。
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